第七詩社とは

 第七詩社は有志の心優しい者たちから成る創作グループである。
 グループではあるが、個人の自由な、自律的な、
 そして厳しく孤立した感性に基づく創作活動に、
 しかし同志の連帯感をもって加勢することを志向する。
 
 同時に、複数の個別表現体が邂逅し、ときに相克し、
 またコラボレートする磁場としての機能も果たす。

 個々人がその自己でしか為し得ない表現を制限なく開闢し、
 なお組織としてのメリットもみずからの表現の裡に自由に取り込んでいく、
 そんな組織的な非組織が、第七詩社である。

 第七詩社の活動は
  ・自主映画制作/上映/批評/振興
  ・文芸創作/発表
  ・勉強会・研究会の実施
 に集約される。



 
第七詩社の名称

 名称としての第七詩社の由来は以下の通りである。

 第七:映画が第七芸術と称されるため。
 詩:詩が、時代を問わず最も先鋭的・前衛的な芸術形態であるため。
 社:表現者たちが離合集散する「場」を提供する役割を示すため。



 
メンバーのプロフィール

 メンバーのプロフィールに代わるものとして、それぞれが愛する映画を紹介する。

 森内 旭が愛する映画
 仙元浩平が愛する映画
 宮下浩平が愛する映画
 伊東知剛が愛する映画
 栗崎宏幸が愛する映画
 楫野 裕が愛する映画
 植田拓史が愛する映画



 付記:第七詩社発足にあたってのメモ

 生死の彼岸への絶望的な憧憬――。
 一個の芸術家が死守する最終のものはこの憧憬にほかならないだろう。

 芸術は物理的宇宙の諸相の模倣や再現ではない。
 まったく新しい精神宇宙の創造である。
 その宇宙では形而下的価値基準の一切が虚無へと吸い込まれ、
 狂気と恐怖と驚異が跋扈する。
 無限暗黒が瞬時にして結晶光彩の極へと変ずる、戦慄の宇宙である。

 その宇宙は非現実でも幻想でもない。
 我々は幻想イメージを弄ぶ者ではない。
 また現実を畸形化させて独り喜悦に耽る者でもない。
 芸術は本質的にアモラルな行為ではあるが、
 我々が志向するのは現実社会の逆定理ではなく、
 合理的二元的に対位された諸価値の否定であり
 それらの新たな創造である。
 色即是空がそのまま空即是色である宇宙法則の真理に向かう冒険である。
 我々が創造する宇宙はその意味において
 極限までに純化された現実すなわち超現実にほかならない。
 それらが対置された概念であるがゆえに、
 ニヒリズムもデカダンスもしょせんは甘い感傷に過ぎない
 というのが我々のスタンスである。

 我々は芸術進化論を認めない。
 既存の文学史、映画史etc.に延長線をひくことは我々の為すことではない。
 芸術は進化もせず退化もしない。
 ただし先人たちの労苦には無条件で頭を垂れる者である。

 なるほど芸術もまた常に死への意識に侵されている。
 だからこそ芸術の衝動は、
 生死の彼岸へのあくなき憧憬とそれからの幻滅との、
 絶望的無限的円環運動の渦の中から迸り出るものである。

 生をしか意識しない者たちは、現実社会を直線的に発展させ、
 微温的に維持しようとするだろう。
 そして芸術に対して反社会的という評価しか下さないだろう。
 彼らはそのアポステオリな性情である
 保守、排他、反動の他律的実践として
 政治イデオロギーやコマーシャリズムに与するが、
 我々はあえて彼らを相対化して批判することはしない。
 我々は常に己に対して謙虚であろうとし、他者に対して寛容であろうとする。
 しかし彼らがひとたび我々の創造を脅かそうとするならば、
 我々は断固として抵抗するだろう。

 時空軸に限定された因果律に我々は縛られない。
 だから我々は永遠に完結しない。永遠に不定形であり永遠に流動体である。
 本質的であるという本来の意味で私たちが立とうとするのはラディカルの先端である。
 「見る」という行為と対象は「見た」瞬間に固定化され死滅する。
 我々は見る「以前」の視覚に重きを置く。
 主客未分化の原始的な混沌の海原へ、我々は航海を始めたのである。

 

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